たたかわない限り法は見方になってくれない
2月1日午後和歌山市民会館での山田悦子さんのお話 <メモしやすい静かな話しぶり> 間違った事件で逮捕されてしまった と 21年間、被告席に座らされて学んだのは 憲法でいわれるところの 人権が守られている社会ではなかったことを学んだと。 冤罪は国民が加担をしてつくり出されるもの そのところを押さえておかなければ 警察、司法が悪いというだけではおさまらない 『推定無罪』の理念が作動していない 先進国の中でも特異な社会である 21年間で学んだことは法の大切さでした 法はたたかうぶきである 守ってくれる 法があるからということでは たたかわない限り守られない 思想的作業がないと たたかえないことを思い知らされました これは全てのたたかいに通じる 憲法9条ほどは 人権条項は知られていない 不正義でも法にのっとってやって来る 対抗できるものを身につけているのか 精神性を市民の側が構築してきているのか 一般的なことではない 闘っている運動の側が、どうか? 内包しているのか そういう精神で裁判を包囲する そういうたたかいかたが構築できていません 正義の法と共にたたかってきた たたかわない限り法の精神はない とうそう以外にない それが法廷における弁御活動である 法の大切さを訴え そういうたたかいをしないとダメだと思います 物質は消えていくもの 思想の豊さをつくり上げてきたと思っている 人間の尊厳を否定してきた歴史を持っているわけですけれども 克服する 何によって獲得してきたのか といえば 法なんです 法の精神に真こっちょうがある 素手でたたかうことができる ちから それは法の精神以外にない 断言していい 一国だけではない つなぐ思想 法の精神は等しく守ってくれる アジア、アフリカ、南米、中国にも通じる この法の精神を身に付けないと これからの日本の司法を 改革していくことはできない 今はどうしようもないズブズブのところにある 学者、弁護士、裁判所だけにおまかせしないで 一人ひとりがきっちりと法を学び かしこい国民になり 真の国民にならない限り 冤罪事件は増えることはあっても 減ることはない (法を学んだ)国会議員が多くいるのに なんでこんな法律(裁判員制度だと思う) をつくってしまうのか 一つの教養でしかない けっきょく 法が活かされていない』 ここで私は会場を後にした 2時半の電車に乗るべく15分前に会場をでて 今、魅せられ、とりこになっている「楽しい駆け足」で和歌山市駅迄いった。 尼崎での「三里塚を再び緑の大地へ」(上坂喜美憩う追想集)出版記念会 に遅れて参加した。 私は「泉州沖に空港をつくらせない住民連絡会」から挨拶をした。 失礼をかえりみず全てをゴワサンにして(運動に「つきものの分裂」をふまえて)願い実現の為に新しい人間関係を作り直してはどうか。その場合、条件を持った方法ではなく誰でもが確実にやれることからやろう。一人でもできることをやる。イスラエルのガザでの事は悲しいとしか言い様がない。誰にでもできる悲しみで、世界を悲しみの涙で埋めよう。 というような最近思っていることを大胆に言い放った。 そして肝心の 4月19日日曜日一時からの 岡田浦での集会とデモへのご案内を行なった。 by koyama_h | 2009-02-02 22:04
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